「柳也という男を除いて……? どういうことだ……?」
 疑問が費えぬ頼信殿に対し、頼光殿は静かに語り出しました。
「討伐隊が派遣されて数日が経ったが、まったく音沙汰無し。業を煮やした師尹殿等は調査隊を派遣した。そして発見したのは討伐隊の無惨な屍であった。その中に広平殿下のご遺体はなかった。
 それから一年が過ぎたある日のこと。赤き鬼の面を被り、柳也と名乗りし男が内裏に姿を現した。その男は広平殿下の首級と草薙の太刀を抱えていた」
「首を掲げていただと!? ではやはり殿下はお亡くなりに……いやっ、それでは説明が付かん! 一体どうなっているんだ!」
 頼信殿が混乱為さるのも無理はありません。私自身、未だ頭の整理がついていないのですから。
「話を続ける。内裏に姿を現し柳也殿の言分はこうであった。己は一年前朝廷の命を受け、広平殿下の暗殺を命じられし柳也という者。一年前命に従い広平殿下の首を討ち取りはしたものの、皇族の者を殺めし罪に堪え切れず、身を隠していた。されど、いつまでも身を隠している訳にも行かず、こうして姿を現したのだと。また、罪深き顔を世間には晒せぬとの所以で鬼の面を被っているということだった。
 そして、広平殿下の首が届いたことにより、広平殿下の”病死”が公表された」
「病死が公表された!? それはどういう意味だ!」
「親王のお一人が草薙の太刀を盗み、その事により暗殺されたなど到底表に出せることではない。故にこの完璧ではない事実は隠され、公式記録にも病死と書かれた」
 この事により、広平殿下は病死為さられたと後世に伝えられのでした。
「ここまでが私が知る限りの事実だ。この事さえ極一部の者しか知らぬのだが、これでもまだ完璧な真実とは言えぬ。
 然るに、殿下にお訊ね申し上げたい。殿下がご自分の首を偽りし者の首は誰の首なのです?」
「お前も薄々分かっているのではないか? あの首こそが真の柳也の首よ!」
「っ!?」
 その一言により、辺りの空気が凍り付きました。
「やはり、そうでしたか……。となれば、本物の柳也殿は殿下が殺めたのですな?」
「然り」
 人を殺めたというのに、この冷静なる返答のしよう。今の私の目に前にいらっしゃる柳也殿は、冷酷なる鬼の如しでした。
「月の美しきかの日の夜は忘れられぬ……。我が初めて人を殺め、そして広平という名を捨て、柳也として生きて行くことを心に誓った日なのだからな……」


巻八「月下の死鬪」

「その首、この柳也が貰い受ける!」
 追い詰められし広中親王殿下に、柳也殿の一閃が走り抜けました。
 ガキィ!
 されど、その一撃は殿下の白羽取りにより受け止められてしまいました。
「はぁはぁはぁ……」
「ほう、なかなかやるな。されど、何処まで堪えられるかっ!?」
 ギ……ギギ……
 刀を押し返そうと為さる殿下と、刀を押し込もうとする柳也殿。押され押されずの互いの攻防は暫し続きました。
 ガキィィン!!
 そして殿下が刃を折りしことにより、その攻防は終わりを遂げたのでした。
「くっ、やるな。ならばっ!」
 ガスッ!
 武器を失いし柳也殿は、続け様に殿下のみぞおちを思い切り蹴り上げました。
「がはっ……」
 余りの激痛に殿下は地面に倒れ込んだのでした。
 グ……ググ……
 休むことなく柳也殿は殿下に圧し掛かり、殿下の首を締め上げたのでした。
「刀を失ったのなら、この腕で絞め殺すまで!」
 殿下の身の動きを封じ込めた体勢で、柳也殿は首を締め続けるのでした。
 グ……
 柳也殿の手を払い除けようと、殿下は必死に柳也殿の腕を掴んだのでした。
「ほう、この状況下でもまだそんな力があるか。しかしそれでどうするのだ?」
「……!?」
「例えここで俺を倒したとしても、その後どうするのだと聞いているのだ。ここで逃げ切ったとしても、既に殿下は逆賊の身分。生きていた所で宮中に帰えりしことが叶わぬばかりか、生涯追われる身となるのだ! どうあがいても、必死に生を掴み取ろうとしようとも、殿下は既に死んでいるに等しいのだ!!」
「!!」
 柳也殿の言が図星だったのでしょうが、殿下は一瞬腕の力が抜け去りました。
「だが、俺は違う! 俺は殿下の首を持ち帰れば出世が叶うのだ。それも徒然に生涯を生きていては決して叶わぬであろう出世を!!
 殿下には夢も希望も未来もこの先には待っていない。されどこの俺には夢も希望も未来も待っておるのだ! 俺自身の栄光たる夢と希望と未来の為に、殿下には死んでもらう!!」
 グ……ググググ……
 力が抜け去りし殿下とは対照的に、柳也殿の首を締めし力はますます強くなって行くのでした。
(は……ははうえ……)
 次第に意識を失って行く中、殿下はひたすら心の中で母君を呼び続けたのでした。



 グ……
「何っ!?」
 意識を失いかけていた殿下でしたが、突如強き力にて柳也殿の腕を掴み始めました。
「くっ、何処にこんな力が……」
 グ……ググググ……
 殿下の抵抗に驚きを隠せぬ柳也殿でしたが、それに臆せず首を締める力を強めていくのでした。
 バキバキバキ!
「ぐあっ!」
 されど、殿下は力を込めし柳也殿の右手首を折り砕きました。その痛みに堪えかね、柳也殿は地面に転がり落ちたのでした。
「はぁはぁはぁ……。利き腕を失ってはもう戦えぬであろう……。大人しく立ち下がるのだ。もう我は人を殺めたくない……」
 一転して形勢が有利となった殿下は、今まで自分を殺めようとしていた柳也殿に、ご慈悲のお言葉を語りかけたのでした。
「くっ、まだだ、まだだ諦めぬ! あと少しで出世が叶うのだ、このような所で引き下がってたまるものか! 俺は命ある限り夢を追い続ける! 我が夢成就の為、何としてでも殿下を殺めて出世の道を歩む!!」
 そう言うと、柳也殿は仲間の屍が持っていた刀を手に取り、殿下に襲い掛かったのでした。
「命ある限り立ち向かってくるのか……。貴殿を止めるにはその命奪う他策はないのだな……」
「はあああ〜〜!!」
 ブウウン!
 柳也殿は殿下に向かい、最後の力を振り絞るが如く勢いで刀を振り下ろしました。
 スッ、ズグチャッ!
 殿下は刀が振り下ろされる刹那に腰を落とし、そして強烈な正拳で柳也殿の腹に風穴を空けたのでした。
「がはっ……」
 致命的な傷を負いし柳也殿は、殿下が腹から腕を引き抜きし刹那、大地へと倒れ込みました。
「すまぬ……だが、我とて生き延びたいのだ……。本当にすまぬ……」
 大地へ振れ臥す柳也殿に対し、殿下は膝を付き涙を流し始めたのでした。
「おかしな奴だ……。自分を殺めようとした者の為に涙を流すのか。俺は出世の為に殿下を殺めようとし、殿下は自らの生存の為に俺を殺めた……。
 互いに相手を殺めなければ道は開けなかったのだ。これは当然の結果だ……。何故泣く必要がある……?」
「然るに……然るに……」
「俺は捨て子だった……。親の顔を知らずとある老僧に拾われ、育てられた……。その僧も俺が童子の時野盗に殺められ、以後俺は一人で生きて来た……。
 苦労の末朝廷に仕える身となったが、俺の如き人間が出世出来る訳がない……。どんなに実力があっても親の無き者になど殿上人になどなれぬ……」
 それを聞いた時、殿下は柳也殿が自分と似たような境遇の者だと思ったのでした。殿下は親の力がない故に東宮となることが叶わず、柳也殿は親がいなかった故に出世が叶わなかった。双方とも己自身の力の有無ではなく、親の立場によって出世が妨げられていたのでした。
「だから俺が出世するには、今回の如き汚れ役を演じなければならなかった……。
 だが、それももう過ぎ去りし話か……。出来得るものなら、もう少し上に上り詰めてみたかったものだ……」
 そう言い遺し、柳也殿は息を引き取ったのでした……。



「それが、あの月夜の晩に起こりしことだ。その後我は柳也として生きることを決意した。柳也は我と背格好や声色が似ていたので、成りすますのは容易だった……」
 柳也殿が事の真相を明かし終えた時、辺りにはただならぬ空気が流れておりました。無理もありません、我々の目の前にいらっしゃる柳也殿が実は広平親王殿下であり、そして柳也という男を殺め、その男に成りすまして来たのですから。
「殿下、一つだけお訊ね申したい。何故殿下は柳也という男に成りすまし、そして殿下が最もお嫌いになっているであろう藤原北家に仕えていたのですか?」
「全ては我が母君の願い成就の為……」
 頼光殿の質問に対し、柳也殿はそうお答えになりました。
「母君の願いの為、どういうことだ……?」
「分からぬか、頼信。お前の伯母でもある祐姫殿は、殿下を東宮にしたかったのだ。ならば殿下がお望みになられているのは東宮の身分……」
「なっ!?」
「読みが甘いな、頼光。確かに我を東宮にするのは母君の積年の願い。然れど、東宮は単なる通過点に過ぎぬ」
「通過点?」
「もしや、殿下、貴方がお望みになられているのは……」
 柳也殿の言が理解出来ぬ頼信殿に対し、頼光殿は何かを悟ったようでした。
「そう――我が母君の積年の願い、それは我が帝となりこの日本を平定すること――」
 そう語り終えると、柳也殿は二十数年内に抱きし野望の全貌をお語りになりました。
 まず、柳也殿が行いしことは、柳也という男に成りすまし、藤原北家の信頼を得ることでした。
「我が藤原北家を嫌っているのは周囲も承知であっただろう。それ故仮に我が生き延びていても、まさか自分を殺めようとした人間に成りすまし、藤原北家の臣下になろうとは誰も思わぬであろう」
 確かに、己のが最も嫌っている者の臣下に下るなど、並大抵の人間には出来ぬことでございましょう。現に今まで柳也殿を疑う者は、晴明殿や頼光殿などの、殿下時代の柳也殿と親しい者しか居らなかったといいます。
 そして、柳也殿が次に狙いしことは、検非違使の上官となり、その機構を掌握することでした。
「例え藤原北家にどのような権力があろうとも、検非違使を抑えてしまえば動きは取れぬ。検非違使の者共は我配下も同然、そして赤い鬼と呼ばれし我の力をよくよく知り得ている者共だ。我が現体制を支える者共に反旗を翻したとしても、検非違使等は決して動かぬであろうよ。寧ろ我の味方となるであろう」
「成程、故に殿下は検非違使佐となられても検非違使内部の庶務に甘んじず、犯罪者の取り締まりなどを行っていたのですね」
「然り」
「成程な、道長殿が仰られていたことはほぼ的を得ていたか……」
 頼光殿が訊ねし後、頼信殿がそうお呟きになりました。
「ほう、あの男が。親の七光りで出世した兄達とは違い実力のある男だとは思っていたが、なかなかの慧眼だな」
「それで殿下は自ら帝となり、どのような世の中を築き上げようと思われているのです?」
「身分に関係なく、実力のある者が上へと登られる世の中だ」
 頼光殿の質問に対し、柳也殿はそのようにお答えになりました。
「我は後見人に権力がない故に東宮になることが叶わず、柳也は親がいない身だった為に出世が叶わなかった。我も柳也も自ら実力と関係なく、家柄や親の身分により道を塞がれた……。
 そんな世の中はつくづく下らんと思うのだよ。我が帝となった暁には、家柄や身分に関係なく、力がある者が頂点に立つ世の中を築き上げる!」
「つまり、殿下の築き上げる世は、俺や兄者のような人間が頂点に立てる世か?」
「然り」
「フフハハ、面白い! 兄者、俺は殿下に付くぞ! 全てにおいて個々の力量のみが測りと世の中。それこそ我等源氏が望む世ではないか!」
 今まで柳也殿を快く思われていなかった頼信殿は、柳也殿の描きし天下に共感の意を表しました。
「殿下は殿下なりに世を案じておられましたか……。単に帝の地位を得たいだけならば命を賭して殿下をお止めになる所ですが、それならば私の出る幕はありませんね……。
 私はこれから京に戻ると致しましょう。朝廷の者共には、『月讀宮様等は訳あって遅れて到着する』とでも伝えておきましょう」
「恩に着る頼光。翼人にとっての一日は人の十日に当たるという。その旨を伝え神奈の刻に合わせて行動しているとでも伝えれば、奴等も納得するであろう」
「御意。では京へ戻るぞ、頼信」
「兄者、すまぬが俺は殿下に付きそう。兄者は違うかもしれんが、殿下の望む世の話を聞いた後では、貴族共に頭を下げられそうにない」
「そうか、好きにしろ。殿下、弟を宜しく頼みます。では」
 私達に付き添うと仰った頼信殿の身を案じつつ、頼光殿は京へと戻って行きました。



「という訳だ、俺も付いて行くが構わんな、殿下」
「付いてくるのは構わぬ。然るにお前は我の従兄弟なのだ、殿下などという堅苦しい呼び方をする必要はない。お前は頼光殿の弟だが、我にとっても弟のような者なのだ」
「腹違いの弟がいるというのに、俺を弟だと思ってくれているのか?」
「冷泉も含めた腹違いの弟共など、権力争いの敵でしかない。それに我にとっては、父君の血よりも母君の血の方が大事なのだ」
「そうか。ではこれからは殿下のことを”柳兄者”と呼ばせてもらう。広平の名を捨てたのなら、構わんな?」
「構わんよ」
 これ以後、頼信殿は柳也殿を柳兄者と呼ぶようになり、二人の絆は真の兄弟の如く深まって行くのでした。
「そういえば道長殿はこうも言っておられたな。『翼人を引き入れ、かの平将門の如く新皇を名乗る算段かも知れぬ』と。柳兄者が月讀宮様をお連れになられたのも、天下を取る為なのか?」
「然り。力が全てを支配する世ならば今まで以上に天皇の力を高めねばならぬ。我と神奈の血が交じりし子ならば、真の天下人になるであろうよ」
「……」
 私は今の柳也殿の発言が余りに衝撃的でした。今の発言を聞く限り、柳也殿は神奈様を后として迎えるということなのですから。
「……」
 その柳也殿の発言に対し、当の神奈様は柳也殿の言に左程驚いたご様子もなく、ただただ沈黙を続けているだけでした。
「時に柳也殿。余とお主が交われば子が出来るというのはどういうことだ?」
 どうやら神奈様は、男女が交わることによりお子がお生まれになることをご存知ないようです。
「やれやれ、人の十倍年を食っている割には、まだまだ童子なのだな、神奈は」
「ぶ、無礼であるぞ。柳也殿! 余を童子扱いするとは!」
 自分が親王殿下であるというご身分を明かしたからなのでしょうか。今まで神奈様に対し目上の者に対する態度を取っていた柳也殿は、対等の者であるかの如き言を発しました。
 その言に対し、神奈様は柳也殿の態度が改まったことではなく、童子扱いされたことに対しお怒りのご様子でした。
「都へ赴くより先に母君にお会いしたいなど、それこそ童子の物言いではないか」
「何を言うか! 柳也殿とて母君の夢を叶える為帝になると言ったではないか! 四十を過ぎし身であるのに未だ母君の考えに従っている柳也殿の方が童子であろう!!」
「ちいっ、小娘の分際で我を童子扱いするか!」
「そっちこそ童子の分際で余に意見するでない!!」
「まあまあ、お二人とも」
 そう私は二人をなだめようとしました。そこには苦笑しながらも二人の仲が宜しくない方へ向かうことを願う自分がいて、何ともいえない複雑な気分です。
「時に柳兄者。高野には何をしに行くのだ?」
 お二人の口喧嘩に風穴を空けるが如く、頼信殿がお訊ねになりました。
「帝の位に就きし後、母君をお迎えに参る。それが我が高野を目指す当初の目的だった」
「当初?」
「そうだ。然るに神奈の母君も高野にいると聞き、更には神奈がどうしても母君に逢いたいというからな。それで神奈を神奈の母君に逢わせたくて高野に向かっているのだ」
「柳也殿……」
 その時、神奈様の柳也様をお眺めになるお顔が、穏やかな顔へと変化しました。
「我がそうであるように、母を持ちし者であれば、誰しもが母君にお逢いしたいと思うのが人の常。所以はそれだけだ」
「柳也殿。そなたはそこまで余に尽くしてくれるのか……」
「一度契りを結びしことならば、その契りを守るは一つの責務であろう。それに神奈を見ているとどうも放っておけなくてな」
「柳也殿、すまぬな。恩に着る……」
 多少仲違いする所はあれど、このお二人のお心は硬き絆で結ばれている。その絆の間には自分が入る余地などない、そんな気がしてなりません……。



「うぬぅ〜、背中に背負われるのも悪いものではないのう」
「当初は気恥ずかしがっていたというのに、気が変わるのが早いものよ」
「柳也殿の義に報いる為だ。多少の気恥ずかしさには堪えねばならぬであろう」
 当初は柳也殿のお背中に担がれるのを恥ずかしがっていた神奈様でしたが、柳也殿のお心遣いに感化為されられ、神奈様は柳也殿のお背中に担がれながら高野を目指すこととなりました。
 多少の気恥ずかしさと仰る神奈様でしたが、そのお顔からは微塵も気恥ずかしさを感じません。
「それで柳兄者、神奈様の母君の居場所は分かっているのか?」
「いや、分からぬ」
「高野は並々ならぬ広さだぞ? それでは場所を突き止めるだけで日が重なるではないか」
 高野山は真言宗の総本山である金剛峰寺がある山。高野の山は多数の寺院からなり、それらの寺院をすべて含めて金剛峰寺と呼ばれているといいます。
「案ずるな。気配を読んで多少の居場所程度は掴める」
「気配を読む?」
「どんな万物であれ、少なからず気配というものはある。翼人ともなればその気配は人並以上であろう」
「ほう、柳兄者はそのような事も出来るのか」
「お前も鍛えればその程度の事、雑作に出来るようになる」
 そう言い終えると、柳也殿は立ち止まり神奈様をお背中から降ろし始めました。
「神奈、すまぬがそなたの母君の気配を探る為、一度背から降ろす」
「構わぬ。任せたぞ、柳也殿」
「御意」
 柳也殿は神奈様をお背から降ろし終えますと、地面に腰を落とし、禅をお組なりました。
「むっ、この気配!」
「何か感じたのか、柳也殿?」
「うむ。常人より強大な気配。神奈の母君と見て間違いないだろう」
「そうか。大儀であった」
 柳也殿が神奈様の母君の気配をお感じになり、神奈様は大層嬉しいご様子でした。
「然るにこの気配、一人ではなく五人程感じる」
「五人?」
「然り。正確には一人の者を四人の気配が囲んでおる。恐らく中心にいる者の気配が神奈の母君の気配であろう」
「では、他の四人の気配は?」
「分からぬ。恐らく従者か何かの者であろうが、実際この目で確かめねば判断のしようがない」
 そうして私達は、柳也殿のお感じになられし気配を頼りに、高野を目指し続けました。



「うむ。そろそろだ」
 柳也殿が気配をお感じになられてから三日が経ち、いよいよ一番近き気配を感じるようになりました。
「しかし、森が深いな。今が昼か夜か分からぬ位だ」
 頼信殿が仰るように、高野に近付くに連れ森は深くなり、昼でも余り日の光が入らぬ程深き森でした。
「! 柳兄者、何か小さき関所のような物が見えるぞ!」
 頼信殿が指差した先には、確かに小さき関所のような物が見えました。
「うむ。あの関所から気配を感じる」
「関所の門を守っているのは二人の僧兵か。僧兵如きなら俺一人で何とかなるな。ここは俺に任せてもらう」
「神奈の母君の場所を聞き出すだけで良いのだ。手荒なことはするなよ」
「ああ、分かっている」
 そう仰ると、頼信殿は一足早く関所の方へ向かいました。
「むっ、見掛けぬものだな、何奴!」
「怪しい者ではない。ただ高野にいる翼人の居場所を聞きに来ただけだ」
「貴様、翼人の存在を知っているとは、朝廷の者か! 貴様如きに話すことは何もない!!」
 そう言うと、二人の僧兵は一斉に頼信殿に襲い掛かりました。
「ふっ、遅い!」
 ヒュッ!
 二人の僧兵が手に持ちし薙刀を振り下ろしたかと思うと、頼信殿は素早い動きで僧兵等の目の前から姿を消しました。
「なっ、何処へ行った!?」
「後ろだよ!」
 ガスッ、ガスッ!
 頼信殿は刹那の動きで僧兵の後ろに回りますと、すかさず僧兵の後頭部を軽く手刀で殴り付けました。
「ぐはっ!」
「がはっ!」
 その一撃により、二人の僧兵は呆気無く地面へと倒れ込みました。
「やれやれ、手荒なことはするなよと言ったのに、血気盛んな奴め」
 頼信殿が二人の僧兵をお倒しになられたのを確認し、私達は関所の方へ向かいました。
「何だ、騒々しい」
 二人の僧兵が倒れた音を聞きつけてか、関所の中から黒き法衣を纏いし僧が姿を現しました。
「むっ、気を付けろ、頼信。その男から強き気配を感じる!」
「ほう、気配を読める者がこの高野に訪れるとは……。目的は何だ?」
「母君に逢いたいのだ、何処にいるかご存知か?」
 黒き法衣の男に、神奈様がお訊ねになりました。
「これは神奈様。母君より宮からお出になられぬよう固く申し付けられていらっしゃったのに、何故このような場所に居るのです?」
 どうやらこの僧は、神奈様とその母君を存じているようです。
「母君に逢いたくて、高野に連れて来てもらったのだ。頼む、母君に逢わせてくれ!」
「神奈様を宮からお連れになられたのは、どこのどいつだ?」
 僧兵は神奈様の言をお聞きにならず、こちらの方を睨みつけました。
「それは我だが、それが如何したのか?」
「万一神奈様を宮から連れ出しこの高野にお連れする不届き者がいたら、殺めるよう言われてある。その命貰い受ける!」
 そう言うと、突然黒き法衣の僧が柳也殿に襲い掛かって来ました。
「甘いな!」
 ヒュッ!
 僧が襲い掛かりし刹那、柳也殿は素早い動きで僧の後ろへ動きました。
 ガシイッ!
「むっ!」
 完全に僧の背中を取ったかに見えた柳也殿でしたが、何かしらの物に腕を掴まれました。
「なかなかの動きであるな。然れど、我が式神の手に掛かれば貴様の動きを捉えることなど容易い」
「ほう、我の腕を掴んでいるのは貴殿の式神か……」
 バシィ!
「なっ!」
 されど、柳也殿は何事もなかったかの如く、腕を掴んでいた式神をお放しになりました。
「たかだか一匹の式神程度、我の敵ではない」
「柳也? もしやあの赤い鬼の柳也か」
「然り」
「成程。噂には聞いていたが、噂以上の手足れだな。ならば私も本気を出さねばならぬようだな……」
 そう言い終えると、僧は何やら舞を踊るかの如く、腕を動かし始めました。
「変身!」
 僧が変身と叫びし刹那、眩しき光が僧を包み込みました。そして……、
「なっ!?」
 光の中から人と化物が交じり合った如き異形の者が姿を現したのでした……。

…巻八完


※後書き

 半年以上更新をしていなくて申し訳ありませんでした。長らくお待たせ致しました。などと言っても、更新を待ち望んでいた方など片指で数えられる程しかいないと思いますが……(苦笑)。
 さて、今回の設定で原作における柳也は広平親王殿下に殺されたということになりました。柳也という名が偽名で正体は親王というのは初期から考えていた設定ですが、原作における柳也を殺して成りすますというのは後から考えた設定です。
 ちなみに、私は原作の柳也が嫌いな訳ではないです。展開上殺した方が面白くなると思ったから殺したまでです。基本的に私は原作のメインキャラを殺さないように心掛けているのですが、今回初めて演出の為にメインキャラを殺したかもしれません。
 話は変わりますが、終盤で出て来た僧等は、原作で高野山に入った時一番最初に襲い掛かって来た僧等です。基本的に『日月あい物語』は、原作に出て来たキャラと史実の人物以外は出さない方向で書きたいので。
 そして、一人の僧がいきなり変身して次回へと続きます(笑)。何に変身したかや変身の方法は次回以降ということで。ちなみに変身の方法は、「Kanon傳」やら「たいき行」で使われたとある能力の応用版です。興味がある方はどの能力の応用か推理してみてくださいね。

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